2013/06/30

Yippie!


革命を起すのにやり方なんてない
革命はキミの頭の中にある。
キミこそが革命そのものなのだ。
キミ自身のことをやれ。
キミ自身のことをやれ。
キミ自身のことを好きなようにやれ。
そしてキミ自身であれ。
-アビー・ホフマン『イッピー! アメリカの「若者革命」宣言』より)

2013/06/29

空にいちばん近い悲しみ


安井かずみの『空いちばん近い悲しみ』。

ちょうど一週間前。たまたま覗いた古書店でみつけた一冊。
ただ者じゃない佇まい。どうにも気になる眼の力。きっと、ここには嘘はない。
手に取った瞬間にそんな気がして、迷わず購入した。

「自由というモンスターの胃袋の中に放しがいにされている私達は、人類の歴史始まって以来のしあわせ者のはずなのに、
  人類の歴史始まって以来の孤独者かもしれない。」

ここにははっきりと影がある。その分、つよい光もある。

高橋靖子の『表参道のアリスより』に似た雰囲気だなと思う。
この時代をするどく、しなやかに生きた女性のエッセイ集はとにかく面白い。
パーティーの喧噪から、孤独の憂鬱まで。書き手がまるごとそのまま入ってる。そんな気がする。
・・・それにしても、昭和の「大和書房」や「新書館」あたりの本が持つ、独特の力は何なのだろう!

「赤いシャツを着ようと、はだしで歩こうと、髪を長くしようと、パイロットになろうと、今夜その恋人と別れようと、自由なのだ。
  そんな自由をもっているあなたは、あなた自身を、ほんとうにしあわせ者だと思うでしょうか?」

きっと、ボクらは幸運だ。
近くの図書館に行けば、彼女たちの本がすぐに読める。
インターネットで探してみれば、すぐに数冊、探してくれる。街から街へ、探しにいくのも悪くない。
目的地への辿り着き方はそれぞれでいい。重要なのはそこに着いてから、どうするかだ。
探し物をみつけてから、どうするか。そこはけっこう抜ける場合が多いのだけれど。

とりあえず、ボクは安井かずみの本を探すことにする。
この人の言葉を追いかけ、集めてみようと思う。

2013/06/25

『鰯』 -販売中!



CDをプレイヤーにセットする。
ギターの音が鳴る。西村卓也さんが歌いだす。

だれも知らない道を通って
だれも知らない野原にくれば
太陽だけがおれの友だち
そうだおれにはおれしかいない
おれはすてきなひとりぼっち

谷川俊太郎の「ひとりぼっち」に、西村さんが曲をつけて、歌ってる。
なぜだかもう。胸がすくような気持ちになる。そうだそうだ、おれもひとりぼっちだな、なんて思えてくる。
一つ一つの言葉がよく聞こえる。ギターの弦がはじけて、音が鳴ってる。
それだけだ。それだけだからか、すいすいと吸い込める。

そのあとにも、石原吉郎、草野心平、犬塚昭夫、金子光晴、山之口獏なんか(*)の詩がならぶ。
そしてさりげなく、ひかえめに西村さんの詩も交じる。その曲がまた良い。
「夜風」に吹かれて、呑みたくなる。

月を見ていたら
おれが 
いなくなっちまったよ。
そこにあるのは、
金色のウイスキーと
銀色の月
だけ。

ああ、忘れちゃいけない。
五曲目の「愛情」がすこぶる格好良いんだ。ベースがうなる。スイングしてる。
たまらない。そこに乗る言葉も鋭い。これは金子光晴の詩。

俺は、逃げたがってるのだよ。
つながりのあるなにもかもから。

血のつながりから、友情から。
手廻りの品、詩や、説法から。

てまわりのしな、しや、せっぽうから。
ここを声に出すとすごく気持ちが良い。

詩歌をいくつも紹介したくなってくる。
ここにある詩はどれも良い。西村さんが選ぶ言葉はどこかさびしい。ひとりぼっち。
愛嬌がある。だれかを求めるけれど、なかなか素直にもなれず。今日もひとりで杯をかさねる。
なんてイメージも浮かんでくる。すこし悲しいけれど、笑えるのも良い。
いやいや、笑えるから、だいぶ良い。

***

16編の詩が、上質な函本に収まって。
最後のページに音源が付いている。

西村卓也さんの『鰯』は、とても贅沢で我儘な、何処にもなかった代物です。
ボクの書いたことなど気にせずに、出会ってもらえると嬉しいなあと思います。
赤い疑惑のアクセル長尾さんのレビューもぜひ読んでみてください。本当に素晴らしいお仕事なので。

オレは『鰯』を古書店として扱えて、幸せだなあ。
ああ、店をはじめて良かったなあ。

そんな風に、思っています。

(*)それ以外には、中桐雅夫、淵上毛銭の詩も。「なんか」とは失礼しました。

2013/06/24

『宝島』の1975年11月号から。


いやはや痛快だ。
『宝島』の1975年、11月号のなかにこんなページがあったのだ。
特集は「全都市カタログ」。あの「ホール・アース・カタログ」へのオマージュ。
あそこにあった“モノ”ではなく、“ハート”を引き継いで、当時の日本で再編集されたカタログだ。
なんだかもう、決まってるのだな、とにかく。

「全都市カタログ」は地球と気持ちのいいセックスをしたい、あるいはエクスタシーを知りたいと願うすべての仲間のためにつくられている。
地球との性行為は、激しく、かつハイな状態で行われなければならない。そうすることによって、その気持ちよさは、言語を絶するものになるはずだ。
このカタログには、そのときに役に立つであろうものを、ぼくたちの設定したいくつかの基準のもとに選びだし、分類したものに、
一人称による独自の評価を加えたものである。 -“なぜ「全都市カタログ」をつくってしまったのか?”

良いなあ。素晴らしい。
特集の冒頭が“なぜ「全都市カタログ」をつくってしまったのか?”という叫びからはじまるのだ。
ここではもう、受けるか受けないか、みたいな理性や計算は働いていない。身体と心に重心を預けて、はじまる旅の過程が詰まってる。
そして、思い出す。『証言構成 「ポパイ」の時代』での北山耕平さんのインタビュー。

*あの頃『宝島』が「全都市カタログ」というのをつくったよね。
『宝島』がやろうとしたのは、ものの考え方とか思想とか、お金で買えない部分の『ホール・アース・カタログ』的なものをやろうとしたのであって。
『メイド・イン・USA』がやろうとしてたのは、『ホール・アース』の、お金で買える部分だよね。

*『ポパイ』は写真に撮れないものを扱えなかった。

なぜだかどうして。
このタイミングで、この言葉が腑に落ちた。すこしわかるな、と思えたのだ。
とは言えボクはいまだに『メイド・イン・USAカタログ』に憧れ続けているし、当時の『ポパイ』にも惹かれ続けている。
もちろんここ最近のリニューアル後の『ポパイ』だって存分に楽しんでいる。

それでもなぜか、ここに来て上記の北山耕平さんの発言がすごく、気になってしまった。
ということは、“シティ・ボーイ”という言葉をもう一度、よく考えみるタイミングなのかもしれない。
せっかく本屋をはじめたのだ。こんな動機で勉強してみるのも悪くない、のかもしれない、とも思う。

**おカネでいろんなものを買って生活する人たち。それがシティ・ボーイだ。買い物上手な間接生活者。

**間接生活者は、ものごとの真実に自ら手を触れることができない。あるいは、触れることが できずにいる。
おカネを支払えばたいていのものは手に入るのだし、彼らの生活の主軸は、そのおカネを手中にするための
奇型的な作業によってほぼ埋められている。

もしかすると、これは。
自由って何だ?ということなのかな。
ボクらを捕まえようとする、何者かはどこにいる? どこにもいない?
そんなことをなんとなく考えてる。

*あの時、なにか爆弾が破裂したんだよ。その影響はいまだに続いてるなにかにある。それは別に『宝島』が、って言うんじゃないんだ。
若者文化の中で、なにかが一回はじけたんだ。70年代の、それも前半に、自由っていうものが、一瞬だけ見えた時かもしれないね。
それが政治運動の中にからめとられていっちゃった部分と、それから『ポパイ』みたいな物欲のほうに流れた部分に別れるけど。

*その間の真空地帯に、何かがあったんだよ。きっと。
それが何だったかっていうのは、やっぱり、探し続けないといけないんじゃないかな。

*『証言構成 「ポパイ」の時代 -ある雑誌の奇妙な航海』(赤田祐一・著)より
**『宝島』1975年1月号 (特集 シティ・ボーイ) より

Today's YouTube #77

2013/06/22

LIVE / DEAD


http://www.youtube.com/watch?v=ldoaglz7Qcg
http://www.youtube.com/watch?v=3NtvoM6Sh_Q

録音されてから25年近くたった今でも『ライブ/デッド』をCDで、連続した演奏として聴くことは、他のどのデッドのアルバムにもないような興奮をおぼえる。このアルバムはサイケデリック・ロックンロールの絶対的な頂点に今もいるからだ。このアルバムのデッドは、神秘の炎を吐く神だ。甘いハーモニーとゆらめくアコースティック・ギターに飼いならされる前の、どう猛で美しい野獣だ。
-『スケルトン・キー』より(デイヴィッド・シェンク&スティーヴ・シルバーマン・著 / 南風雅・訳)

2013/06/21

また、線があった。


また、線が引いてあった。
今回は感想も書いてある。「実に良い話」とか「落ちが良いですな」なんて。
なんとなく、好感の持てる字体とやわらかい口調で。消したくないなと思ってしまう。

そしてこの本、『川明かりの街』がすこぶる素晴らしい。

翻訳者としてのイメージのつよい、常磐新平さんによるエッセイ集。
ひとつひとつの話が短い。断定的な口調が少ない、ように感じるからなのか、読んでいてストレスがほとんどかからない。
そして淡々と冷静なようで、常磐さん自身が面白い。なんだか愛らしくもある。
40歳を過ぎてお酒を呑みはじめて、いまごろ失敗をしています。
そんな台詞はなかなか言えない。

「何を食べてもおいしい。何を飲んでも、まずいと思ったことがない。
  ひとさまにいろいろと迷惑をかけているのに、これでいいのだろうかと申訳ない気がしている。」

これもいいなあ、と思う。
あたらしい『popeye』では夏の本として片岡義男さんの本をセレクトしていた。
それはとても素敵だしなんだかお洒落だ。まさしくシティ・ボーイという感じもする。
だったら「PEOPLE」では常磐新平さんの、この「街」エッセイシリーズをおすすめすることにする。

少しだけずっこけた、大人の小話。
これを持って、街に出よう。小脇に抱えるには小さいけれど、持ち歩くにはちょうど良い。
ふとしたときに、読みやすい。話も短く、心地が良い。

ヒマなあなたにおすすめします。

「そこに線があった」

2013/06/19

球根 2013



北村さんから葉書が届いた。
丁寧だなあ、といつも思う。今回は「N」とうっすらと確かに刻印してあるのがすごい。
そして素敵な球根だ。吉祥寺「キチム」での個展とのこと。
きっと、良い絵がみれるのだろうな。

詳細は以下に。

***

球根を描くようになって、八年が経つ。
随分と何でもないものを見続けている気がする。
でも、そこからしかつかめないものがあるのも、わかっている。
今年描いた球根の絵をキチムで飾る。
この場所ならではの展示にしたい。

絵の展示以外に、シルクスクリーンで刷った新作Tシャツやtote bagも販売します。
また、下記のような関連イベントもあります。是非この機会に!

北村範史 


北村範史 個展 「球根 2013」

会期 6月26日(水)-7月15日(月・祝)
*定休日 : 月、火(7/15は営業)

時間
水 木 金 12:00 - 19:00 ( L.O.18:00 )
土 日 祝 11:30 - 20:00 ( L.O.19:00 )

関連イベント
6月27日(木)キチムのデッサン会 ご予約受付中!
7月10日(水)エマーソン北村とTICA / 音の素描 ご予約受付中!
7月14日(日)15(月)【食堂】Showkitchenのカッテ・オカッテ

*下記の日程はイベントのため営業時間が変わります。
6/27(木)、6/29(土)、7/6(土)、7/7(日)、7/10(水) 

http://kichimu.lolipop.jp/file/kitamura.htm
http://norichika.petit.cc

2013/06/18

今週のPEOPLE


今週の土曜日、22日は「PEOPLE」の店舗はお休みです。
その分、イベント屋として頑張ってきます。どうかご容赦ください。

***

いろいろ入荷しています。
ほるぷ出版によるいくつかの図録、ちくま文庫からの文庫本、糸井重里さん関連の単行本いくつか。
などなど、いろいろと面白いものが入ってきています。曽我部恵一さんの『昨日、今日、明日』なんかもありますね。
早めに値付けをして、どんどん棚に出していこうと思っていますので、お楽しみに。

***

つい最近入ってきた秦秀雄さんの『骨董入門』(池田書店)に夢中になりました。
「鑑賞眼を養う三つの条件」、「よき仲間、友人をもつこと」、「惜しみなく金をつぎこむこと」。目次にはこんな言葉が並びます。
本書で口をすっぱくして述べられる「まず買ってみること」。ボクもこれが意外に大事なのだよなあ、と思っています。
それはまさしく身銭を切る、という感覚かな。

本当の掘りだしとは世に見捨てられている、何でもないものの価値を価値づけるということにあるといえます。

そう。こういった「眼」を養うことが、自分の仕事なのだと再認識したところです。

***

粋なレーベル、「windbell」からの音源いろいろ。入ってきています。
小商い特集の『Spectator』は、もうまもなく再入荷予定です。バックナンバーもあります。

***

古書の買い入れもはじめました。


2013/06/15

いつかのポパイで


「人生なんて本当は楽しくも面白くもない、とすると、そこで重要になるのは、やめるにはムズカシイ人間稼業を“面白がれるかどうか”だよね。
  人生は“面白がれるかどうか”にかかってる。人生を面白がろうと、何かを“使ってるヤツ”はカッコいいね。
  足腰、腕力、体、技、心、感受性、言葉、時間、金・・・・・・。使えるものは誰にでも、いくつかあるはずだよ。」

-秋山道男 / 「秋山道男×リリー・フランキー」 より

いつかのポパイで。

この記事を読んだのは、たしか大学3年のとき。
もう、どうしようもなく、先が見えなかったころ。まるですがるように、リリー・フランキーさんの書くものを追いかけていた時期だ。
秋山道男さんなんて知らなかった。だけれど、リリーさんが「カッコいい」と唸るひと。
当然、面白くて魅力的な人なのだろうなあと思って読んだ。
なんとなく。期待もしながら。

それがどうした。
この人、ものすごく面白い。リリーさんと秋山さん、二人の会話にぐいぐい引き込まれた。
当時、本当にどうしようもなかった自分に、時間を割いていてくれた友人と、二人で夢中になって読んだ。話した。
そうだ! 俺達もこんな風に生きていきたい! クリエイティブなことがしたい! なんて。
しかし、なにも出来なかった。というより、しなかった。

相当ガツンときたのだろう。
当時のボクはこの記事をコピーして、ファイルにしまった。
その後、いろいろあった。裏切ったり、肩を組んだり、ゲロを吐いたりして、年だけを重ねていった。
しかし何だったんだろう、あのときの自分は。・・・なんて考えだすと、止まらないので、先に進む。

つい最近。ふと、思い出してファイルを取り出した。
なかにはあった。いろいろと恥ずかしい断片が。手に負えない、若気の至り。どうしようもない思い違い。
ああ、嫌になると思いながら、見つけたコピーを読み返した。
そして思った。

この人たち、やっぱり面白い。
ふたりの話が聴けてよかった。

いま、これを読めてよかったと思えた。
コピーを残したあのときの自分、よくやったぞ。それだけは褒めてやる。
いまだって、状況は大して変わっていない。だけれど、出来ることは増えた。それ以上に、出来ないこともはっきりした。
だからこそ、数少ない出来ることに賭けてやる。トコトンやってやろうと思う。
それでも尚、「出来ない」という思い込みからも自由になってやろうとも、思う。
ボクはワガママ、というかアホなのかな。どうにも辻褄が合わない。

「自分が年取ってきて、結構思うのは、“上がっちゃってる大人”ってイヤなんですよね。
  「何でもいいよ」って変に落ち着いてるオトナ。カッコいいって思えない。」 
-リリー・フランキー / 同上

「もう分かった」とか「それは知ってる」なんて言いたくない。
知らないことは素晴らしいこと。不思議なこと、腑に落ちないことこそ、大事にしようと思う。
「一体これな何なんだろう?」そんな風に考えることを止めてはいけない。ライク・ア・ローリングストーンだ。
そう。更新すべきはブログじゃない。いま、ここに留まっている自分自身だ。

と、いうわけでここでパソコンを閉じることにする。

「あったかくて、じたばたしてる。止まることなく動いてる。
    昨日と今日では、違うことを考えている。
    くすぶったり、嘆いたり、感情的で、気が弱くて。
    無理をしている。不自然で、ぎこちない。わがままで、幼稚で、ハラハラする。
    頑固で、よく歩き、よく笑う。
    なにか、ちまちましているようでどこか、大ざっぱで。

    でも、風の中をきれいに吹かれていたり、

    とても熱いなにかを隠していて、そばにいると愛しさが込み上げてくる。
    僕は、そういう人をかっこいいと思う。
    若いとか大人とか、男でも、女でもなく、僕はそういうかっこよさを持った人に惹かれる。

    “かっこ良くなりたいとか、そんなことを思うなんて、なんて、かっこいいんだろう”」


    -リリー・フランキー / 「かっこいいって、何ですか?」より


2013/06/14

「夏のブルーアンドホワイト」


『夏のブルーアンドホワイト』。
良いタイトル。そして、このデザインも最高だと思います。
今週末より、「Shingoster LIVING」にてはじまります。ハッとしてグッとできそう。
いやあ、本当に目が気持ちいい色合いですね。

詳細はこちらで。

2013/06/11

"CHALIWA"


なんと。発売してたんだ。
なにがって、そりゃあ“NEW ZION TRIO”の新しいアルバムだ。
相変わらずのイナタいアートワーク。どこまでもクーーールなサウンド。良い塩梅とはこのことだ。
この冷たさが堪らない。それでもしかし、底に宿る炎はメラメラと、確かに燃えている。
彼らの活動を注視してるのは、ボクだけじゃないはず。
来日をしずかにじっと、期待してよう。




ひゅううう。やっぱり最高だ。
そして、HRの奇妙さが際立ってる。すごい人だな。

2013/06/10

「またどこかの惑星で」のこと

illustration:yosuke yamaguchi

こりゃまた素晴らしい! 
大好きなイラストレイター/デザイナー、山口洋佑さんの個展を紹介します。
横浜にある“greenpoint books&things”というお店で開催される「またどこかの惑星で」。会期は6/13から7/6まで。
会場も作品も気になります。これには是非、出かけるべき。見逃しちゃいかん。
と、ボクは自分に言い聞かせているわけです。

山口さんの青は本当に綺麗です。
また、吸い込まれそうになりたいなあ、と思います。
詳しいことはコチラ↓でどうぞ。

http://blogs.dion.ne.jp/bonfire/

2013/06/09

「よすが」と「美しい速度で」のこと

photo:nakata emi

水戸在住の写真家、仲田絵美さんの展示のお知らせ。
「よすが」というタイトルで銀座ガーディアン・ガーデンで開催とのこと。
PEOPLEにもそのDMと『美しい速度で』という作品集を頂きました。それが、とても良いんです。
その良さをなんで、どうして、と論理的には説明できないのですが、是非手に取ってみて頂きたい。
ここがどうだとか、あそこがこうだなんて、話してみるのも面白そうです。

やっぱり写真は面白い。
ボクにはそれしか言えません。

詳しい情報はコチラでご確認ください。

2013/06/08

Today's YouTube #76




「お客なしで演奏したり、アジアのハイウェイで羊飼いに出会うとぼくらも笛吹いて演奏したりしました。それがとってもいいんですよ。ぼくらの音楽は、偶然のように具体的な旅になっていますけれども、現在でも自分自身が音楽の旅を愉しんでますよ。楽しいわけですよ。観客にひとつのメッセージを伝えるといった慣習的なあり方、あるいは演奏が活­動のひとつのジャンルみたいになっているような活動の仕方、そんなやり方は、ぼくたちはとらない。結局は音を出したいという、自分の欲望。そういうところにだけ、ぼくらの­音楽は立脚しているんですよ。」 小杉武久 (1973)

Today's YouTube #75



A luz
a paz da voz a voz em mim
é o amor que conduz e traz aqui
e diz som em nós e não tem fim.
O céu, o ar
o azul do azul daqui desse mar
desse chão
sertão de não terminar
se inundou coração.
O céu o ar
o azul do azul daqui desse mar
desse chão
sertão de não terminar
se inundou coração.

"Sertão"

2013/06/07

備忘録 20130607



気がつけば6月。

***

久しぶりにわくわくしてる。
mama! milkのあたらしいアルバム、『Duologue』がもうすぐ聴ける。
今作はほぼ二人だけの録音とのこと。soundcloudでの先行視聴で"parade,waltz"を聴いてとても嬉しくなった。
ライブで聴ける、あの曲だ。動画や音源では出会えなかった、あの感じ。
恒輔さんと祐子さん。お二人から手紙をもらったような気分なのだ。
PEOPLEではDeluxe editionを取り扱うことに。

まだ可能が可能のままであったところへ。
詳細はコチラから。 

***

PEOPLEのお店のこと。
はじめってから約2か月。いろんな人に会えたと思うし、いろんな話を聞かせてもらった。
それなりの数の本を手渡せたし、喜んでもらえたような気もする(その逆もあるんだろう)。
慣れてもらった、ここからだ。どんな風にお店で待っていられるか。
まずは自分自身が飽きないように。やれることをやっていこう。

***

しばらくはイベントは無し。
来月にはなにかあるかな。ないかもですが。

***

久しぶりにのぞいたLiving Worldのウェブ・サイト。
“夢中になる、ということ”。ものすごく良い話を聴けました。
そうだ、ボクもまだまだ"Student"でいようと思う。学びたいことだらけだもんな。
身体ごとずっぽりと没入してしまうこと。

いまはそれが大事なんだと思う。

2013/06/06

「十人の賢人が何もしないよりは、バカといえども歩き回る方が、値打ちがある。」


「この本は、多くの自叙伝にあるような自分の成功談を得々と語るという内容ではありません。
  むしろ、若気の過ちや勇み足、思慮分別の足りなさや、猪突猛進したためにかえって泥沼にはまりこんでしまう、という失敗談でいっぱいです。
  (中略)しかし、これらの失敗談は不思議に暗い雰囲気がありません。
  セゲラは全くへこたれることなく、そんな失敗ばかりしてしまう自分にいささか困りながらも、なんとかうまくやろうとしています。」
  ―訳者あとがきより

ジャック・セゲラによる『広告に恋した男』。
1970年代にフランス広告界に飛び込んだ、セゲラによる自叙伝だ。
語り口がとにかく軽やか。くるくる、くると話が踊る。ダリもプレヴェールも、愉快に現れ、豪快に笑う。
きっと、この人は頭の回転が速いんだろう。

そして、なんとなく思う。この本はのリズムは、レイモンド・マンゴーの『就職しないで生きるには』を読む感覚に近いのだ。
ユーモアとジョークを交えながら、独力で生きる豊かさと激しさを描いていくから。
そう考えるとこの2冊。同じ匂いがするもんな。

「人に使われるか、自ら生きる術を身につけるか、選ぶべき時が来たのだ。」
「人生は、出会いがあるからこそ、生きる価値がある。出会った瞬間に、時は止まり、発見が始まる。」


何度読んでも、面白い。
はじめて読んだのは4年前だった。ポエジーとユーモアはくさらない。
だははと笑い飛ばせる、失敗談。それをどれほどつくれるか。必要なのは度胸と愛嬌。
とにかくまた、セゲラの話に夢中になっている。
キラー・フレーズの嵐なのだ。

***

四年前のこと。
以前の自分のブログを読み返す機会があり、この記事と本を思い出した。
2009年というとつい最近のような気がする。4年前というと、ずっと昔のことのような気もしてくる。
点でみるか、線でみるか。それだけで時間の流れ方は速度を変える。
ひとつの事象の意味合いも変わってくる。

それはとても不思議なことだ。