2011/09/28

ドラえもんなんかブチ壊せ



「のび太はしずかちゃんと結婚する、という未来以外の可能性を全て奪われている。これはとてつもなくひどい話ではないのか? それなのにほとんどのひとはこの物語に何の疑問も持ってないように思える。四次元ポケットから何でも出してくれるドラえもんの便利さにだまされて、自由を奪われているという重大な事実に気がつかない。のび太自身がそうだし、読者も同じだ。ドラえもんのいないのび太が送る悲惨な人生に涙することはあっても、その代わりに奪われる自由の大きさに思いを至らせることができない。
約束された将来なんてものほど退屈なものはない。ドラえもんなんかブチ壊せ! 」
ECD
「何にもしないで生きていらんねぇ / 2005」

2011/09/27

踊る革命


「私が踊れないなら

それは私の革命ではない。」
—エマ・ゴールドマン

エマ・ゴールドマン  wikipedia

歩きながら考える



「まず一歩をふみだし、歩いて行くことだ。デカルトは思考の格率のひとつとして、森の中で迷った旅人の例をあげ、一ヶ所にとどまっていたり、あちこちとさまよい歩いたりしてはならず、たえず同じ方向へと歩き続けなければならない、といっている。「花の都」への道しるべは、歩いて行くあいだに見つかるかもしれない。考えるのは歩きながらがいい。歩きながら考えることによって、思考は弾力をもち、さまざまな展望を得ることができるだろう。」
矢内原伊作
「歩き初め」( みすず書房刊『歩きながら考える』)


BE A GOOD NEIGHBOR.

2011/09/26

ご挨拶



“THE 正気革命#1”は無事に終了致しました。
ご来場頂いた皆様、I DON'T CARE、NABI、F.I.B JOURNALの出演陣、
快く場所を提供してくれたFROG川村さんはじめスタッフの方々、本当にありがとうございました。
おかげさまでいい夜になりました。


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まずは第一歩。新たな歩みが始まりました。
この企画はまだまだ、 ヨチヨチ歩きの赤ん坊です。
多くの方々に手を取ってもらい、支えられ、進んでいくしかありません。
今後もご迷惑やご面倒をかけることがあるでしょう。身近な仲間や、見知らぬ方々に。
どうぞ、そのときは怒ってください。叱ってください。
それでも、それすらも楽しんでください。


・・・無茶苦茶なことを言ってますね。


とにかく続けていきます。より面白く、夜を重ねていきます。
遊びのための革命はたぶん終わりません。まだまだ、ずっとずっと。
遊びがいつかものを言う、なんてどこかで聞きました。
そのいつかが来るのか、来ないのか、わかりませんが、踊り続けます。


ボクの好きなこと。
遊びつづけること、踊りつづけること、夜通し騒ぎつづけること。
それをF.I.B JOURNALの山崎円城氏の言葉を借りれば、こうなります。
「正気革命とは例えるなら滑稽に踊る事を恐れぬ力」
踊るとは、飼われることを拒否すること、とも言えるでしょうか。


“THE 正気革命”。
今年中に、もう一度開催予定です。
どうぞどうぞお楽しみに。


植田浩平 -PEOPLE

2011/09/23

" THE 正気革命 #1 -the sane revolution- " -終了しました!


flyer design:waxippy


" THE 正気革命 #1  
-the sane revolution-"


9/23(fri) 20:00 open / start

¥1500-(+order)

LIVE:
F.I.B JOURNAL (Duo +1) http://www.fib-journal.weblogs.jp/

DJ:

presented by PEOPLE 


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革命は遊びで起こせ。
真剣にやってはいけない。
熱心にやってはいけない。
遊び半分でやれ。
人を憎むからといってやってはいけない。
奴等の目につばを吐くようにやれ。
金の為にやってはいけない。
金なんかくそくらえ。
平等の為にやってはいけない。
平等すぎるからやれ。
リンゴの車をひっくり返すのは面白い。
どっちへリンゴが転がるか見てろ。
労働の為にやってはいけない。
やれば少し貴族風になるだろう。
そして愉快な逃げたロバのようにかかとを蹴り上げよう。
国際労働の為にやってはいけない。
労働は人が多くしているものの一つ。
労働を無視しよう。労働は終わった。
働くことは面白い事。人は楽しめる。だから労働じゃない。
そうしよう。遊びの為の革命を起そう。

-【正気革命】D.H ロレンス

" THE 正気革命 #1 " on YouTube.


2011/09/22

若い読者へ


“ 動き回ってください。旅をすること。しばらくのあいだ、よその国に住むこと。けっして旅することをやめないこと。 もしはるか遠くまで行くことができないなら、その場合は、自分自身を脱却できる場所により深く入りこんでいくこと。 時間は消えていくものだとしても、場所はいつでもそこにあります。場所が時間の埋め合わせをしてくれます。”
—スーザン・ソンタグ

『良心の領界』小幡和枝・訳(NTT出版)
「序 若い読者へのアドバイス……(これは、ずっと自分自身に言いきかせているアドバイスでもある)」から

2011/09/21

"型がないだけ型になるフューチャーがある"


「ハリボテの建物の街だが、若いエネルギーによって新しく動き出した街。ここではだれもがよそもので、誰もがロコだ。ゆっくりした時間のなか、自分を創造の中に置いて、(略)さらなる時間を思い描いて、人間にとって一番大切な時間の中にどっぷりと漬かって生きている。ルールなど持たない、ルールの中に自由を! と、まるで今の社会に反逆でもしているかのように。」

「ここに住んで再確認したのは、一番大切なのは、やはり時間だということ。そして街というものは人間が作り出すものということだ。古い街と比べて、新しく動き始めている街にはパワーがあり、創造と新しいモラルで構築されているということ。(略)社会という体制に反逆して新しいモラルを打ち立てること。それは反逆というより、むしろ文化そのものだ。地球上には刻々と変わり続ける街がいくつもある。街は、そこに住む人間によって変わっていく。元気のある若い街に身を置くこと。それはとても大切な時間だと考えずにはいられない。」
-『spectator』2002.summer isuue「遅れてきたビートニクス・特別編」/ 御供秀彦

2011/09/11

鋭漂の歌



会いたきゃ、会いにいけ
聞きたきゃ、聞きにいけ
撮りたきゃ、撮りにいけ
食いたきゃ、食いにいけ
やりたきゃ、やりにいけ
話したきゃ、話しにいけ


生きたきゃ、生きろ
眠りたきゃ、眠れ
回りたきゃ、回れ
踊りたきゃ、踊れ


明日は、明日、今日は、今日


いま、やれることをやれ
やりたいことだけ、やれ


笑いたきゃ、笑え
死にたきゃ、死ね


すべてひっくるめて、
生きたきゃ、生きればいい
とにかく、生きればいい

2011/09/10

花粉 - Le Pollen...


 “ポレン”
 今日 私は 私
 私たちは 私たち
 それはすべて花粉が養ってくれたおかげ・・・


『ポレン』はアルバムのタイトルにもしたし、
私がいつも言う『ポレン(花粉)現象』とはこの歌からきている。

ヴァン・ゴッホやアルチュール・ランボーの天才を褒め称えるのもいいが、
私が興味あるのは毎日、駅やカフェですれ違う人々だ。私と同じ時代を生き、同じ空気を吸っている人々。
彼らの中にゴッホも北斎も必ずいる。知らないだけなのだ。
五感を開いて、未知のものに向かって、いつもスタンバイでいよう。
過去の天才の放った『ポレン(花粉)』は私たちを養ってくれたが、私たちもまた花粉を飛ばす。
花粉は肥沃の大地があれば、必ず芽を出し根を張る。

出会いがすべてだ。

*** 


私は今でも絶えず知らない人に話かける。それが未知の扉を開くことに他ならないから。
どこにどんな人がいるかわからないではないか。いつも言うのだが、恥ずかしがるというのは
知的怠惰のひとつでもある。怠け者になってはいけないと自分に言い聞かせる。

花粉が飛んで芽を出すように、どこでどんな一言があなたを冒険に誘うか、
また、あなたの一言が誰の心に一粒の種を蒔くか。すべては他人への一言から始まる。
私はいつも赤の他人に救われ、多くの人のお陰で今の自分ができあがった。



-ピエール・バルー (『サ・ヴァ、サ・ヴィアン 目をあけて夢みる者たち……』より)

2011/09/09

天野裕氏、語る。



天野裕氏が語る。男子写真家、その生き方。
"ドラマティックな人生の選択"とは。彼はなにを選び、選ばなかったのか。
抗いようのない人生の流れと、自らの意志での前進、創作。その舵取りが興味深い。
鋭く漂う、写真と人生。耳を傾けよう。


以下詳細。


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授業概要
写真編集者(沖本尚志)の視点とその仕事を通じて、現代写真を探っていく講座にします。ほぼ毎回、写真家、ギャラリスト、アートディレクター、編集者、プリンティングディレクターなどをゲストに招き、写真を巡るさまざまなキーワードをテーマで対話をし、質疑応答を繰り返しながらテーマを掘り下げることで、現代の視点で写真をあらためて考え直すという形態で進めていく予定です。受講するみなさんには、写真編集という仕事の大枠を知ってもらうとともに、私とゲストとの対話を通じて、自分のなかにある写真、あるいは写真表現に関するイメージや考えをもう一度問い直してもらおうと思います。写真への興味と探求を通じて、自分の考えを深めたり、考える癖をつけたり、日常をよりよく豊かに過ごすきっかけになれば幸いです。

2011年9月10日(土) 18:00~21:00
第6回:男子写真家、その生き方
内容:いまを生きる男子写真家はどのように写真と向き合って作品をつくるのか? その疑問を塩釜フォトフェスティバル2009で大賞を受賞し鮮烈なデビューを飾った写真家・天野裕氏さんをゲストに迎えて一緒に考えていきます。天野さんは、写真とはまったく縁の無い世界で生きてましたが、あるきっかけで写真と出会い、写真家として生きることを選択しました。天野さんのドラマティックな人生の選択を伺いながら、いまの時代、これからの時代を生きる写真家の姿を浮き彫りにしていきます。

g³/(トリプル ジー)
千代田区外神田6-11-14 3331 Arts Chiyoda 303・304
tel:03-3835-1813
fax:03-3835-1814
open:12:00〜19:00(休日:土日祝)

2011/09/07

走り出せ



ずっと、同じことを考えてる。
動かなきゃ、出会わなきゃ、楽しまなきゃ、そんなこと。
そう、ボクはここ数年、単純な衝動にとらわれてるわけだ。
それでも、おお、どうしようもないなあ、なんて考え過ぎて動けないときもある。
予測と想像だけを繰り返す。あまり面白くない、時間の使い方になる。


自分のことばかりを考える。
怠惰でつまらぬ日々が過ぎてゆく。
でも、そんな時間も悪くはない。後から振り返れば。
それも必要なのだと思えるのは、少しだけ成長したということか。


今朝、太陽と青空がみえた。空気も爽やかだ。
ああ、動かなくては、人に会いに行かなくては、と自然に口が動く。
大丈夫。悩みも心配も大したことじゃないぞ。


ボクはトコトン能天気なのだ。


鋭い分析も批評も言葉にできない。大それた文章も書けない。
ひとり立ち止まっても、なにも生み出せない。
だから、誰かと関わるしかない。思いついたことは話してみよう。
できるだけブレーキは踏まずに、走ってみる。
アクセル全開。その気分だけでも大事だろう。


日々、自分に言い聞かせる。
答えあわせはつまらんぞ。驚けないといけないぞ。
思いだけでは動かんぞ。考えるのも大事だぞ。
それでも、直感だけは信じろよ。


ああ、いつだってこんなことしか書けないのだ。
これから出会うみなさま。また、今日からよろしくどうぞ。
どうにか楽しくやろうじゃないか。

2011/09/03

words from "ONE HAND CLAPPING".


アートは、大金持ちになり、派手な葬式をしてもらうのが人生の目的の人には無縁のものだ。
平穏無事に暮らしたい人にも同じく。そして、サンダルズは90年代、アートという光り輝く危険に手を染めたのだった。
そのうえ、パッケージされ、商品にされることを拒んだ。
かわりに"complete nakedness"全面的な解放という神話的な目標を表明した。(※)


こんな時代に音楽を聞く。
だからこそ、僕は音楽の本来持っていた効用を信じたい。
ポップ音楽は、何よりもまず明日への楽しみであり、誰にでも参加出来る祭典であり、
儀式であった筈だ。それは特別なことではない。
ジェームス・ブラウンはステージの上で一瞬説教師になることができる。(※※)


—詩の朗読は冗談で始めたの?
「違うよ。僕はそれより前からやっていたんだ。僕はとても真剣だった。
例えば、ヴァイオレッツのステージの上にはタイプライターが置いてあって、
誰もが一語はタイプできるんだ。それで次の人に交代する。それで最後にそれを朗読したりした。
あれは特別だったと思うよ。」(※)


そして、言葉。簡潔な、易しい言葉が歌詞には使われているけれども、
同時に映画のサウンドトラックからかTVの抜粋か、歌詞以外にもサンプリングされた言葉、
もしくはエフェクトを掛けられた言葉が頻繁に顔を出す。
それはまるでメディアを空気のように呼吸して生きてきた、僕達の時代のサインのようでもある。
彼等は僕達と同じように、極めて現代的な存在である。(※※)


基本的なアイデアは"参加すること"。
オープン・マイクで人々は自分たちの好きなように詩や物語を喋ることができた。ゲームもやった。
デレクとジョンはスタンダップコメディをやったりもしていた。」(※)


彼等はサンダルズとしての活動を最初から音楽家として限定していたわけではない。
例えば、彼等が88年にセッティングしたクラブ"The Happenings"は、現在のクラブという言葉から
想像できるようなものではなかった。(略)そんなお決まり事とはそれは無縁だったのだ。
そうではなく、それはその場にいる人間たちが主役の、自分達の手で、誰にも邪魔されることなく、
自由に楽しめる場所を作り上げようという試みであった。(※※)


(※)「ONE HAND CLAPPING -HIROSI EGAITSU」issue:02 (『relax』#77より)
(※※)「サンダルズの“CHANGED”」 (『人々の音楽について -One Hand Clappin'』より)

2011/09/01

選べないブルース



右か、左か、選べるか。
選ばないことを、選べるか。
どちらに進む。どこかに戻る。どこにもいかない。


先のことは分からない。
一寸先は闇、というのは間違いない。
一分後、自分は生きているのか、定かでない。
三分後、自分は死んでいるのか、定かでない。


選ばない。選べない。
どこにもいかない。どこへもいけない。


先のことは分からない。
二寸先には光が見えるか。
その角に、あなたがいるのか、定かでない。
そのまた角に、誰がいるのか、定かでない。


石橋は叩いて、叩いて、崩れさる。
もう、どこにも進めない。戻れない。


ああ、選べない。
選ばないも選べない。